今回は日本で放送された預金封鎖の真実をご紹介いたします。
<NHK NEW 預金封鎖の真実>
終戦後間もない昭和21年2月16日、時の日本政府は預金の引き出しを厳しく制限する「預金封鎖」を突然発表しました。
日本経済を襲った猛烈なインフレを抑えるためだと国民に説明された「預金封鎖」。
しかし、その政策決定過程を検証していくと、現代の日本にも通じる深刻な財政問題が底流にあったことが見えてきました。
預金封鎖で国民生活は
現在91歳の林さん。
当時は22歳の学生で大阪で母と姉の3人で暮らしていました。
当時、一家の蓄えは3万円ありましたが、「預金封鎖」で突然自由に引き出せなくなり、途方に暮れたといいます。
特に、手持ちのお金が不足したことで、ただでさえ足りなかった食料がさらに手に入りにくくなり、川の堤防に生えている草をゆがいて、ごく僅かのご飯とともに食べたこともあったと、当時の窮状を語ってくれました。
林さんは「封鎖」の印が押された当時の通帳を今も保管していて、預金封鎖について「突然の発表に仰天し、恐怖感すら抱いた。こつこつ貯めたお金が使えないということは本当につらかった」とも語っていました。
預金封鎖はなぜ断行された?
日本政府が預金封鎖を発表したのは今から69年前、昭和21年2月16日でした。
当時の日本は、物資や食料が極度に不足し猛烈なインフレが起き、経済は破綻しかねない状態にまで追い込まれていました。
そこで政府は流通するお金の量を強制的に減らしインフレを抑えこもうと預金封鎖を断行しました。
時の大蔵大臣、渋沢敬三氏は「政府はなぜこうした徹底した、見ようによっては乱暴な政策をとらなければならないのでしょうか。それは一口に言えば悪性インフレーションという国民としての実に始末の悪い、重い重い病気を治すためのやむをえない方法なのです」と呼びかけ、国民に理解を求めました。
預金封鎖後、物価上昇の動きは弱まりました。
しかし、それはあくまで一時的で、その後、インフレは収まるどころか、逆に加速していきました。
その結果、預金は封鎖された2年余りの間に価値が大きく毀損しました。
林さんは「何十年もかけて貯めてきたお金なのに、数か月分の生活費しか残らなかった。 戦時中、そして戦後も国民はさんざんな目に遭った」と憤りを隠しません。
預金封鎖もう1つのねらい
国民生活を混乱させ犠牲を強いた預金封鎖。
この手荒い措置がどう決まっていったのか。
私は政策決定過程を検証しようと財務省に情報公開請求を行い、当時、非公開とされた閣僚や官僚の証言記録を入手しました。
すると、インフレ対策とは別に、もう1つのねらいがあったことが見えてきました。
それが如実に記されていたのが、渋沢大臣の証言記録です。
この中で渋沢大臣は大蔵官僚だった福田赳夫氏から『通貨の封鎖は、大臣のお考えでは、インフレーションが急激に進みつつあるということで、ずっと早くから考えていられたのでございますか』と問われたのに対し、『いやそうではない。財産税徴収の必要から来たんだ。まったく財産税を課税する必要からだった』と答え、預金封鎖に込めたもう1つのねらいを吐露していました。
渋沢氏が語った“財産税”とは? それは、国が戦争で重ねた膨大な借金の返済を国民に負わせる極めて異例の措置でした。
NHK HPより
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